気まぐれ日記 2012年8月

2012年7月はここ

8月1日(水)「平穏な日は1日としてない・・・の風さん」
 新刊『江戸の天才数学者 −世界を驚かせた和算家たち−』を何とか増刷にしたいと執念を燃やしている。
 そのため、いつになく社内販売に力を入れている。幸い、同僚たちの好意もあって、かなり受注がある。どうやって渡すかが悩みだ。
 とはいえ、今日は月初め。月報を出す日だ。上司から5行で書いて出すように言われているので、たったこれだけのことでできなかったら恥だ。出社してすぐ取り組んだ。続けて、まっとうな月度計画の作成に取り掛かったが、こっちは手ごわい。とてもすぐにはできない。あとまわし、あとまわし(笑)。
 今日の昼食は通算40回目になるカロリーメイト(200kcal)だった。これだけ続けたら、さすがに効果が出ている。
 昼休みにロビーでうたた寝していたら、東京からの来客に起こされた(笑)。
 照れ隠しに研修所を少し案内してから、応接室へ。
 30分延長して打ち合わせをし、最後に、新刊をプレゼントした。すごく喜んでもらえた。
 今日の私の日経平均株価予想結果は、+59.25円だった。昨日より下がったのだが、上がると読んだ人間は私を含めて数人しかおらず、数値以上に結果は悪かったと言える。実際、クラス平均は32.10円である。
 ……、帰宅して書斎に入ったら、足元を茶色のゴキが走って行った。急いでゴキジェットを浴びせかけたが、パワーが足りなかった。
 それより、またバルサンを焚く必要があることが分かって少々脱力した。
 ウィークエンドMBAの9科目目の合格を確認できて安心した。
 今日も感情の起伏の激しい1日だった。

8月2日(木)「会議で出張ついでに新刊の販売・・・の風さん」
 いったん研修所に出社した後すぐ、本社へ出張した。
 人材育成に関係する主要3部署が集まっての会議だったが、有意義な議論ができた。本音トークだったからだろう。
 昔はこうやって、関係者の本音を引き出しながら、かなりタフな業務を推進していったものだ。
 昼前に本社に勤務する二人の友人に新刊を買ってもらった。合計18冊である。それぞれがさらに拡販してくれるので、ありがたいし、迷惑をかけてはいけないから、私も必死にサポートを約束した。
 昼食はまともになめこおろし蕎麦を食べた。
 午後も別件の打ち合わせをし、引き続き、同僚と事後打ち合わせをして分かれた。
 私はさらにもう一人の知人を訪ねて新刊を販売しつつ、近況を話してから研修所へ戻った。
 今日の私の日経平均株価予想結果は、−22.98円だった。なかなか良い数値に見えるかもしれないが、クラス平均は24.18円である。総合順位で下から10%以内にならないようにしないと……。
 今夜は帰宅途中でT図書館に寄り、借りていた本を返却ポストに入れた。返却期限だったのだ。
 帰宅したら、笠間市の知人から、作ったばかりの小野友五郎に関する立派な冊子が送られてきていた。
 こういったボランティア活動で、歴史は伝承されていくのだろう。

8月3日(金)「奮闘努力の甲斐もなく・・・の風さん」
 電車で旧職場へ出社した。
 新職場で設計案件が生じたので、私の構想案に対し専門家からアドバイスをもらった。
 2冊、社内販売をしてから、昼前に同僚に駅まで送ってもらい、電車を乗り継いで本社へ。
 夏らしい暑さで、気持ちいい(年取ったせいか)。
 私が企画した愛工大大学院生のデンソー見学会のエスコートをした。参加者は、大野先生、田村先生含めて十数人である。
 製品展示室を見学後、マイクロバスでT製作所へ行き、メータ工場を見学した。講義でトヨタ生産方式を解説しているので、現地確認する形になって有意義だった。参加者から説明者に対しても積極的に質問が多く出てよかった。
 見学会のスタート地点になった駅で解散したが、ちゃっかり新刊を2冊、学生に売った。
 名古屋で、大野先生、田村先生とビールで暑気払いをした。
 そういえば、昨年も3人で名古屋オクトーバーフェストなる(看板に疑義あり)ビール祭りで飲んだっけ(笑)。
 私は中ジョッキで2杯半しか飲めなかったが泥酔した。
 帰りの電車で、降りる駅の直前で眠りこけて、通り過ぎてしまった。
 2駅過ぎたところで降りて、戻ろうとしたが、反対列車が目の前で走り去って行った。みじめだった。
 ふらふら状態で書斎にたどり着き、日経平均株価予想結果を確認した。
 下がると読んだのは当たったが、十分読み切れず、+53.19円だった。クラス平均は31.40。
 今週の成績は、クラスのワースト3となってしまった。
 来週が締め切りのレポートで挽回しないと、単位取得が危ない。
 フーテンの寅さんのテーマ曲の歌詞「奮闘努力の甲斐もなく……」てなことになってはいけない。

8月4日(土)「ぜいたくな時の過ごし方・・・の風さん」
 9月末までウィークエンドMBAは夏休みとなる。作家としての書き入れ時だ。
 ところが、朝から事件が起きた。母が骨折したらしいというのだ。
 兄が付き添って別の病院で検査を受けているという。結果は午後にならないと分からない。
 久しぶりにワイフとランチを食べに行った。ワイフのアクアで、だ。モータのトルクも使って、なかなかよく走る。スポーツ仕様にしたので、サスもかたい(笑)。
 春先に児童文学作家の山本悦子さんを囲んで食事会をした、海に臨むレストランに入った。
 海沿いの席に座れたので、大きなガラス窓を通じて伊勢湾が広がっている。
 風が強いため波が高いが、海岸から100mくらい先を、ジェットスキーが右から左へ、左から右へ波しぶきを上げながら突っ走って行く。音は聞こえてこないが、青春の息吹きが耳にこだまする。
 こんなぜいたくな時間の使い方など、何ヶ月ぶりだろう、と思う。
 経済的な心配さえなければ、すぐにも「毎日が日曜日」の生活に入りたいくらい、身体はボロボロなのだが。
 帰宅してだいぶ経過してから、兄から連絡があった。
 やはり骨折しているそうで(認知症の母はどこで骨折したかは覚えていない)、月曜日に手術することになったという。
 一大事だが、兄の話では、特に心配するほどのことではなく、すぐ歩けるようになるし、入院も1週間程度とのこと。
 とりあえず、兄にすべて任せることにした。
 明日、車検のミッシェルを取りに来てもらうので、給油と洗車に行ってきた。

8月5日(日)「まだまだ気ぜわしい週末・・・の風さん」
 午前中、地元の図書館へ出かけた。
 新刊の寄贈と、文章サークルのメンバーに教材として新刊を配る(売る)ためだ。
 9月くらいにサークルを開催するための相談もしたかったが、メンバー不足でできなかった。
 しばらくご無沙汰しているうちにメンバーにも色々なことが起きていた。
 骨折して入院していたメンバーもいた。母のように手術することなく、安静にして治るのを待っていたそうだが、まだ完治していないという。しかし、見たところ普通に歩けるようだったので、安心した。
 全身ガタガタ、ボロボロの私としても、骨折は他人事ではない。
 ダイエットで体重が減ったので、身のこなしは楽になってきた。これからは何とかトレーニングに復帰して、体力アップに心掛けねば、本当にいつ骨折してもおかしくないことになる。しかし、今日もトレーニングに行く余裕はなかった。
 午後、部屋の片付けをしたら、ぺったんこになった茶色のゴキの死骸を発見した。
 あと1匹どこかに死骸になっているはずなのだが……。
 カリチューの社長が来て、車検のためミッシェルを運転していった。乗ってきた日産マーチは代車である。
 夜、愛工大大学院前期の講義の評価結果を整理して、大野先生へメール送信した。
 今日の母は落ち着いていたらしい。

8月6日(月)「酒に弱すぎる・・・の風さん」
 電車で旧職場へ出社した。午前中は会議が続いた。
 昼食後、会社バスと電車を乗り継いで、研修所に近いJRの駅まで行った。
 途中で夕立があったらしく舗装した路面が濡れていた。
 慶応大学大学院の中野先生と合流して、タクシーで研修所へ向かった。
 ここからのイベントは私が企画したものである。
 研修所で十数人を相手に、先生に講話をしてもらい、途中で活発な質疑も入れてもらった。
 海外の出来事に詳しい先生に、社内トップにホットな情報を提供してもらうことと、人脈形成が目的である。
 社外で刺激を受けることが多い、私の切実な提案だった。
 夜は、名古屋で懇親会となった。
 場所は、上司が最近発見した、美味い魚を食べさせる店。その上司に幹事役をしてもらった。
 たっぷり情報交換することができ、今日の目的はほぼ達成できたと思った。
 今夜も酩酊してしまい、ちょっと危なかったが、かろうじて最寄りの駅で下車することができた。
 どうも体力のなさが原因で、酒にも抵抗力がない。
 酔っ払ってどぶに落ちてそのままお陀仏ということも起こりそうだ。

8月7日(火)「絵ごころに羨望・・・の風さん」
 代車の日産マーチで出社。
 会社の先輩の自費出版本が職場に届いた。著者自筆の絵があちこちに入っていて、素晴らしいなあ、と思った。
 先日、池波正太郎さんの料理に関係した本をもらったが、そこにも池波さん(新鷹会の先輩なので、あえてこう呼ばせていただく)の絵が挿入されていて、いいなあと思ったばかりなので、よけい感激した。
 私の趣味の人生計画は、30代で英語の達人になり、40代でピアノの詩人になり、50代で絵画の神様になることだったが、会社員と作家見習いで精一杯だったから、趣味の人生はすべて未達のままである。
 しかし、うっかりすると本人の予想以上に長生きしてしまうこともあるから、諦めないことにしよう。
 午後から本社へ出張し、ついでに3人に新刊をセールスした。
 車検を終了したミッシェルで帰宅した。
 2年後は確実に20万キロを走破しているだろう(オーナーが元気なら)。

8月8日(水)「東京キャンペーン・・・の風さん」
 有休をとって東京キャンペーンである。
 最寄りの駅を6時55分発の電車で出発……と書くと威勢がいいが、いったん家を出てからエクスプレスICカードを忘れたことに気付くなど、超バタバタの出発だった。
 電車を乗り継いで、六本木ヒルズ、森タワーのアカデミーヒルズにおられる一橋大学の米倉先生を訪問。
 米倉先生ファンの同僚を同伴した。
 私は新刊を直接贈呈でき、満足、満足(お忙しい先生なので、読んでもらえなくても、これでしっかり印象づけることができたと思う)。同僚も自己紹介できて、満足していた。
 その後、一橋大学の伊藤先生と合流して、コーヒーを飲みながらミーティング。同僚もフリー参加。
 先生とお昼で分かれて、私は新橋へ。
 冷やしたぬき蕎麦でランチにした後、新潮社の編集者と合流して、SKJへ。久しぶりにエグゼクティブ名鑑に収録してもらうのである。
 事前の歓談の中で、真咲なおこさんは全体構成を作ってしまったので、いきなり本番だ。
 編集者も登場ということで、想定外だったらしく慌てていたが、しっかり新刊のPRをしていた。
 慣れっこの私は、緊張などするはずもなく、ただ、できることなら画面をキムタクか福山雅治と入れ替えてほしいと終始ばかな妄想にとらわれていた。お盆休み明けにはアップされると思うので、SKJのエグゼクティブ名鑑で検索して動画をご覧ください。
 収録を担当した新人のK君が新刊に興味を示してくれたので、サイン本を贈呈した。彼は工学部出身だという。
 その後、編集者と二人で、ジュンク堂池袋本店へ。
 12月15日(土)のトークセッションを申し込んであるが、今回は新刊の挨拶が目的である。
 今回の『江戸の天才数学者 −世界を驚かせた和算家たち−』は、すごい。いつものように理工書フロアの数学書のコーナーだけでなく、新潮選書の棚、新刊のコーナー、文芸書のコーナーと4箇所に置いてある。
 文芸書の担当者が、たくさん本を持ってきて「サインしてください」と言われたので、ちゃんと準備してきた私はていねいにサインし、1冊担当者へプレゼントした。
 今サインした本は、サイン本コーナーに並べるのだという。ということは、5箇所に新刊が並ぶことになる。これで売れなきゃ、私の責任だ。
 さすがに疲れたので、30分早く家路についた。

8月9日(木)「過ぎ去ろうとしている夏・・・の風さん」
 今日は心月斎で施餓鬼がおこなわれるが、昨日有休にしてしまったので、会社へ出た。新刊はワイフに託して、前の住職に渡してもらうことにした。
 午前も午後も会議が続いて、自分の仕事ははかどらなかった。しかし、そういうときに限って、チームプレイの仕事は進むものだ。本当は、チームの仕事が進めば、自分の仕事などどうでもいいのだが。
 とはいえ、8月22日の米倉先生来社スケジュールだけは、今日中に絶対に確定させねばならなかった。
 これは私の企画であり、私の責任だ。
 二人の役員の秘書と何度も電話連絡をとりながら、何とか確定させることができた。
 上司(研修所の社長)の意向で、ハードスケジュールである。
 退社時、建物から外へ出た瞬間、秋の訪れを感じた。
 日中の焼けるような暑さが明らかに消えていたからだ。空も心なしか高くなった気がする。
 自宅から米倉先生へ来社スケジュールが確定したことをメールした。

8月10日(金)「アマゾンの売上ランキングが1位・・・の風さん」
 ワイフのアクアを1ヶ月点検に出してから出社。
 ウィークエンドMBAの10科目目が合格していた。しかも、奇跡の「A」である。信じられない。
 昼休みに、同僚が私の新刊『江戸の天才数学者 −世界を驚かせた和算家たち−』のアマゾン売上ランキングを調べた。すると、江戸時代というキーワードではなんと4位だったので、二人で驚いていた。
 午後、また本社へ出張し、ついでに元部下の職場にお邪魔し、見学させてもらいながら、1冊販売した(笑)。
 元部下が凄みのある仕事をしているので、感動した。このまま出世してぜひ社長になってもらいたい、と言ったら、来年役職定年です、という驚きの返事。
 仕事のできる人、できない人、出世する人、しない人。会社で見聞したことは拙著『怒濤逆巻くも』にしっかり反映したが、私はやはり本当に価値のある仕事をした人を作品に書いて後世に残したいと強く思っている。
 一瞬病院に寄って経過を診てもらったが、良好とはいえなかったので、私はガッカリした。
 アクアを受け取って、下道を通って帰宅した(有料道路を夜間高速で突っ走ると、激突した虫で車体が汚れるから)。
 夜、書斎で、新刊のアマゾン売上ランキングをチェックしたら、なんと1位になっていた。
 こんなことはめったにないだろうと、pdfにして残し、あちこちへメール添付して送った。
 ガッカリしたのは編集者からの返信で、「真の実力は、27000位くらいで、喜べる状態ではない」という内容だった。
 一気に酔いが醒めた気分だった。

8月11日(土)「まだまだ休めないぜ・・・の風さん」
 やっと夏期連休に入った。
 心身ともに疲労困憊、頭のてっぺんからつま先までボロボロのガタガタ状態である。
 ゆっくり休もう……と言うのはまだ早かった。
 日経平均株価予想は先週で終わっていたが、課題レポートが残っていた。明日の午前零時が締め切りである。
 例によって、課題はとてつもなく(私にとって)難しいものなので、勉強しなければ、答案は1行も書けるものではない。
 今日は、ぐったりしている中で、基礎知識の勉強だけで終わってしまった。
 夜、思い出して、アマゾンの売上ランキングを見たら、江戸時代というキーワードで、一気に13位に転落していた。
 非情の結果だった。
 もはや勉強を続ける気力も残っていなかったので、たまっている郵便物(新刊などを送ること)を一気に作った。
 秤(料理用)にのせてみると、微妙な値を示したので、余計なものをいっさい入れず、本だけにしてコスト削減に努めた(笑)。
 精も根も使い果たしてベッドに倒れ込んだ。

8月12日(日)「レポートの送信完了・・・の風さん」
 私の生活の中にはテレビはほとんど存在しない。だからと言って、ロンドンオリンピックの経過を知らないわけではない。
 日本人としてちゃんと気にしているし、冷静に応援もしている。
 昔と違って、日本の若者がけっこうリラックスして勝負しているのを感心して眺めてもいる。
 実力がありながら緊張感や使命感で押しつぶされて……などという例は著しく減った。
 だいたい実力通りの結果を出しているので、また感心している。
 いつも思うことだが、メダルに届かない選手でも、8位だったり10位だったりというのは凄いことだ。
 なぜなら、世界で8位、10位なのだから。
 とは言え、今日はレポートの締切日である。
 夕食時、家族(長女以外で3人)は楽しくビールを飲んでいたが、私にはそんな余裕はない。
 ひたすらレポートに専念して、やっと午前零時12分前に送信完了した。
 これで明日からやっと夏期連休だー! と思ったが、会社の仕事もあった(涙)。
 
8月13日(月)「お盆の行事、お迎え・・・の風さん」
 やっと夏休みだと思ったら、一気に疲労が全身を拘束した。やはり疲れているのだ。
 そして、満身創痍。ロボットだったら、交換しなければならない部品が多い。
 これまで定期点検もろくにしてなかったので、あちこちガタガタである。
 今日はゆっくり起床し(朝食は抜き)マイペースで過ごすことにして、夕方からワイフとお寺に出かけ、(いつもうちにいるとは思うが)亡父の霊をお迎えしてきた。
 墓地は南に面した小山の斜面に展開していて、墓碑を背後に見渡すと田園風景が広がっている。
 そこから涼しい風が吹き上がってきて、「もう秋が近いな」と感じた。
 某大学の先生と科学評論家の先生から郵便が届いた。
 来月、東京へ行くが、夕方からのイベントで、懇親会に出ていると帰れなくなる心配がある。
 念のためホテルを予約しておいた。
 就寝前に、執筆マシンのウィルスチェックをし、さらにCドライブのデフラグを仕掛けてから寝た。

8月14日(火)「書斎の模様替えの初日・・・の風さん」
 Cドライブのデフラグが終了していたので、続けてDドライブもデフラグをかけた。
 朝食後、やっと書斎の模様替えを決行する気になった。予算4万円をかけて用意した書棚を、レイアウト変更して書斎に配置し、散乱した蔵書をおさめるのだ。
 基本的なやり方は、書斎内にしろ外にしろ、ある一角にある物すべてをどこかへ集中移動させて空間を作り、そこへ新レイアウトの物を再配置するのだ。
 一種のゲームである(15ゲームとか)。
 こうやって書斎内の2つの書棚を再配置した後、新たに用意した2段の書棚を外で組み上げて、書斎内に作った空間へ設置した。
 中サイズの書棚を1本、書斎の外へ出した。
 この過程で、ひからびたゴキの死骸を1匹発見した。先日出現した2匹目だと思う。つぶれた小さな蝉の抜け殻のようだった。
 書斎の冷房は入れっぱなしで、ドアも開放したままにして作業した。
 幸い、今日は猛暑日(日中の最高気温が35℃以上)ではなかったので、何とか作業できたが、それでもかなり大汗をかいた。
 電動ドライバーも駆使したが、衰えた肉体にはきつい初日となった。

8月15日(水)「書斎の模様替えの2日目・・・の風さん」
 朝から書斎の模様替えの2日目である。
 玉音放送……じゃなかった、終戦記念日の黙とうも忘れて、作業に集中した。
 今日は大きな書棚2本を組み上げて書斎に押し込むとともに、机を移動させて今回の模様替えの最大の目玉である、書斎の中央に執筆机が配置された。
 この位置は部屋の明かりの直下であり、手元が非常に明るくなることと、前方の窓から外を眺めることができるのである。この開放感は筆舌に尽くしがたい。
 机を移動させるとき、昨日と同じくひからびたゴキの死骸を机の上、左側ディスプレイの背後で発見した。これは天井から降ってきた奴だ。
 ゴキジェットでシュパッとやったが、乱雑な机の上で行方不明になっていたのだ。結局、遠くに逃げたわけではなく、30センチも逃げることができずにお陀仏になっていた。
 新しい書棚に次々に書籍を並べて行く。最適配置を検討している余裕はないので、とりあえずだ。最下部には、A4サイズの紙袋を立てた状態で収納できる。
 この部分は幅で2.5メートルになる予定だ。最終的には紙袋から出して透明ケースに入れ、ラベルを貼ることで、すぐに探し出せるようにする。
 これも今回の模様替えの目玉の一つだ。
 恐らく書籍だけで2千冊以上あると思うが、それと比例して多いのが、紙袋に入った参考資料である。色々なイベントに参加するたびに増えたものである。
 これらの貴重な資料も書籍同様にすぐ利用できる状態に(見える化)しなければならない。
 夕方、お寺に霊の送りに行ってきた。ワイフと長男と3人である。
 すっかり涼しくなっているのは2日前と同じ。「いつでもうちにいてください」と手を合わせた。
 掃除機を書斎に置きっぱなしして作業しているが、埃が舞う中の作業はけっこうつらい。鼻水とくしゃみが止まらなくなった。花粉症だ。
 残りは明日だが、終わるだろうか? とても不安である。
 今日は郵便物が3通届いた。
 
8月16日(木)「これなら売れる・・・の風さん」
 書斎の模様替えの3日目である。たとえ途中までしか行かなくても、今日で中断する。でないと、きわめて効率の悪い夏期連休の過ごし方になってしまう。
 それにしても、朝から早くもバテ気味である。
 これまでのように書斎の冷房をがんがんに効かせてドアを開放し、2階の空きスペースを利用しながら整理していった。
 ところが、組み立ててなかった小型の書棚を組み立ててみたら、計算ミスか、最後のスペースに置いてみると、使い勝手が非常に悪い。
 当初の計画変更も受け入れながら、ひたすら前進あるのみだった。
 夕方になって、長女の部屋に仮置きしてあった本を新しい書棚に入れていったら、な、なんと、入りきらないではないか!
 よく知人や友人に「小さな書斎に本が千冊以上あって……」などと自慢げに語っていたが、書棚を増やして再整理して、目測ながら数えてみると、どうも2千冊以上ありそうだ。専門書以外はなるべく書斎に置かないことにしようと思ったが、すぐには実行できない。
 そして、とうとう就寝時刻が近付いて、書斎の模様替えプロジェクトは、一時中断となった。完了とか終了でないのが悔しい。
 今日は辻真先先生から新刊が届いた。
 『鉄道ミステリ各駅停車−乗り鉄80年書き鉄40年をふりかえる』(交通新聞社新書)である。
 タイトルを見て、ワイフがひと言。
 「わー、面白そう」
 こうでなくちゃ、本は売れない、と肝に銘じた。

8月17日(金)「早くも増刷が決定・・・の風さん」
 書斎の模様替えを思い切って中断したが、たまっている疲労は簡単には抜けない。
 いちおう毎日睡眠はそこそこ取っている。それでも、身体がだるくて、つい横になってしまう。半分死人状態だ。
 ところが、夕方の昼寝から目覚めたら、妙に身体が軽く感じられた。
 そう。疲労が少し抜けたのだ。
 何となく、元気が出てきたような感じがした。
 そんなとき、ケータイに電話があり、『江戸の天才数学者』の増刷が決まったという。
 編集者も編集長も「絶対売れますよ」と太鼓判を押してくれていたが、それが現実になって、初めて予言の正しさに驚いた。
 著者がどんなにこだわって力を入れて書いても、売れないものはやはり売れないのであって、売れるものはそれなりの何かがあるのだ。だからと言って、売れるものが絶対に価値があると主張しているのではない。別次元の話だ。
 しかし、昨今は、まず多くの読者に読んでもらわないことには、話は始まらないのも事実である。
 少子高齢化は、別の言い方をすれば、読者の減少である。
 今夜もアマゾンの売上、江戸時代もので1位である。

8月18日(土)「名古屋から鈴鹿へ・・・の風さん」
 会社のある日と同じように起床して、家を出た。
 名古屋駅から市バスに乗って、中日新聞本社へ向かった。
 今日も実に暑い。
 20年ぶりくらいになる。当時は新鷹会の小橋博史先輩がお元気なころで、社内を案内してもらい、スチール写真(事件で使われては困るが、その後、エッセイを書いたりしたときに使われた)も撮影された。
 世の中はお盆休みで、しかも早い時間帯だったので、ロビーで記者の取材を受けた。
 ありがたいことに、記者が私の作品を発見して読んで面白かったので、記事にしてくれるというのだ。
 1時間半、たっぷり話した。その膨大な情報の中から、また記者が選択して記事にするのである。大変な作業だ。
 写真も撮られた。
 名古屋駅までタクシーで送ってもらい、近鉄に乗り換えて鈴鹿へ向かった。
 戦争遺跡保存全国シンポジウムが今年は鈴鹿市で開催され、その基調講演を清水信先生がされるので、聴講に行くのだ。
 開会前の清水先生に久しぶりにお目かかることができた。
 母と同じ92歳の先生はまったく以前と変わっておらず、お元気だったのでうれしかった。
 基調講演もユーモアに満ちた清水節で、自分も92歳でこれだけしっかりしていたなら、年輪を重ねるのも悪くないな、と思った。
 しかし、それにしても、途中でいきなり「今日は会場に、愛知県美浜町から和算小説で名高い作家の鳴海風さんが来てくれています。鳴海風さんは、最近、江戸の天才数学者という本を出しました」と宣伝してくれたのには驚くやら、恥ずかしいやらで、まいった。
 たっぷり1時間の講演を聴いたあと、会場を後にしたが、かつて日本軍の基地がたくさんあった鈴鹿市のことを知ったのは、有意義だった。
 帰りの近鉄に乗車している間に、強い雨が降ってきて、夏らしさも感じた。
 夕食後、長男がお土産に持ってきた純米酒で酔いつぶれた。

8月19日(日)「9連休が終了・・・の風さん」
 よみがえった元気を振り絞って昨日は遠出をしたが、今日は、夏休み最後の日なので、雑用をしこしこと片付けた。
 前から気になっていた映画「黒部の太陽」を、「いつ、どこで観るのか」とワイフに迫ったら、わずか十日後の9月1日(土)に決定してしまった。
 善は急げ、とミッシェルでファミリーマートにチケット買いに行くことにしたのだが、車庫の中のミッシェルにクモの巣が張っていた。しばらく乗らなかったからなあ。
 巣は払ったが、右のドアミラーの内側に主のクモが残った。
 そのままファミリーマートへ行って帰ってきたが、クモは無事だった。
 一橋大学イノベーション研究センターの伊藤先生が書かれた最終ドラフトを読んでコメントを送信した。
 同じく米倉先生に、22日の来社の件について、確認メールをお送りした。
 9連休もあったが、ほとんど書斎の模様替えで終わってしまった。
 明日からまた会社である。
 
8月20日(月)「あっという間に仕事モード・・・の風さん」
 連休明けの初日はブルーな気分だが、やることがいっぱいあると、自然に身体は動く。
 いきなり製作所出張から始まって、定例会議に出席。珍しく、ひと言、発言もした。
 そこから旧職場へ移動。戻る方向だ。
 午後から研修所の同僚を迎えて、生産現場の案内をした。ここは年初に日本モノづくり大賞の内閣総理大臣賞を受賞した現場なので、誰でも一見の価値はある。加えて、私が構想したり設計したりした治具類があるので、私を知る人たちにはしっかり自慢できる。
 生産が不規則で、量産とはほど遠いが、現場の課長と二人で精一杯説明した。
 帰宅が遅くなってしまい、ミッシェルの給油をするのがやっとだった。
 またまた楠木誠一郎さんの新刊が届いていた。私が出版する本と本の間に何冊も届く。何とか、その冊数を減らしたいものだ(笑)。
 今回の本は、ベスト時代文庫『若衆髷同心推理帖 箱入り娘』である。何となく妖しいタイトルの本だな。

8月21日(火)「二日目も超多忙・・・の風さん」
 研修所へ出社して、午前中は会議。
 明日、一橋大学イノベーション研究センターの米倉先生に来ていただくので、午後はその準備に忙殺された。
 多くの協力者がいるのだが、久しぶりのチームワーク仕事で、私はヘマをした。こういったことを会社で何年もやってきたのに、このていたらくだ。
 なんとも情けない。やはりボケのせいか、と落ち込む。
 気を取り直して、明日のリスクヘッジ含めた対応作戦を立てた。

8月22日(水)「ヘマをしながらも大任を果たす・・・の風さん」
 私のへまのため、余裕をもって1日が始まるはずだったのが、バタバタになってしまった。
 研修所へ出社して、電話をしたりメールチェックしたりネットにアクセスしたりしているうちに、今日の最初のリスク対応が確定した。
 暑い日差しの下、本社へ向かい、駐車場にミッシェルを置いてから、某銀行に寄ってMBAで購入したテキスト代を振り込んだ。本当は連休前が締め切りだったが、半年前に続いて、遅れてしまった。ま、何とかなるだろう。
 それから本社に行って、運転手付きの社用車で名古屋駅へ。
 米倉先生を改札口外で待って社用車へ。
 本社近くの施設で簡単に昼食を摂っていただいてから、本社製品展示室へ。先生は、1950年に製造販売した電気自動車のレトロなスタイルに感銘を受けておられた。
 その後、某工場へ移動して、厳しい暑さの中で生産現場を見学していただいた。製造現場の血のにじむような改善努力もよく理解していただけた。
 さらに技能者養成のためのセンターへ移動して、技能五輪の世界大会で金メダルをとるための訓練の様子などを見ていただいた。量産メーカーにおいても匠の技が必要だということを納得していただけたと思う。
 そして、夜は、役員を交えて会食しながら歓談していただいた。
 ここまでの企画や計画立案、陰の推進をやったわけだが、若かったころのような馬力は確かになくなったな、と思う。
 しかし、いくつになっても自分の背丈をこえるチャレンジは、たとえヘマが多くてもやりがいがある。
 帰りはミッシェルを置いて電車で帰った。

8月23日(木)「トリッキーな1日・・・の風さん」
 旧職場へ電車で出社し、定時まで、治具設計に専念した。
 やっととれたまとまった時間で、好きなだけやれた。基本的に手描きなので、少々手間だが、少しでも出来ると達成感はある。
 途中で、京都大学名誉教授の上野先生を近江神宮時計館へご案内する段取りを電話でつけた。
 8月30日(木)つまり1週間後で、また有休をとらなければならないが、仕方ない。
 夕方の会社バスで本社へ移動し、ミッシェルに乗り換えて研修所へ。
 今夜は戸締り当番なのである。
 治具設計の残りがあったが、研修所では研修所でたまった仕事が待っている。
 8時半ころ、最後の残業者が帰宅することになったので、私も帰宅することにした。
 明晩から夜行バスで仙台へ行くのだが、その準備だけしていればいいわけではない。
 ウィークエンドMBAでは、卒業研究の代わりに、自分が関係したビジネスを、ケーススタディとして残すことになっている。
 その指導教官の希望申請書の提出が、明日が締め切りなのである。
 明日は出すことはもちろん、書いている余裕もないので、今夜中にやってしまわなければならない。
 ネット上からの作成と提出になる。要領がちょっと分かりにくかったが、手続きよりも内容だ。
 いつものように書きながら考え、考えながら書いているうちに、何となくそれらしいものが出来上がった。
 間に合った〜。
 それにしても色々なことをやっているなあ、1日の中で。

8月24日(金)「ビジネスの要諦・・・の風さん」
 研修所に出社し、9月の防災訓練の準備を考え、職場の事務局と打ち合わせた。
 訓練を重ねるごとに難度が増していく。つまり本番さながらの訓練に近付いて行く。
 今回の課題を抽出することができたが、解決策は単純ではないことが分かった。来週、職場内のマネージャークラスに課題を示した後、防災隊のリーダーを集めて方針検討会を開催することにした。
 今日は昼休みに居眠りをしているわけにはいかなかった。
 自分から言い出したミニ講演会を実施するのだ。
 ここへ来た最初の年にもやったので、2回目になる。
 普通なら新刊の話をするのだろうが、今日は、最近絶版になった『美しき魔方陣』に関する話をした。過去、NHK名古屋文化センター、ジュンク堂池袋本店、愛媛県松山市でも講演した内容である。ただし、時間が短いので、半分に縮めたショート・バージョンである。
 とは言え、内容的には面白いもののはずだ。意外性と言うか……。
 絶版ということもインパクトは大きいはずだった。
 しかし、反響はイマイチ。これがビジネスの難しいところだ。
 米倉先生は知的な仕事に対する対価はしっかり主張しなければダメだ、と教えてくださった。
 自分での自分の仕事の付加価値を明らかにしないということは、自分のブランドを自ら棄損していることと等価なのだ。
 誰にでも、自分の仕事の付加価値を理解してもらう工夫、それがビジネスの要諦でもある。
 帰宅し、ワイフが用意してくれた夕食(弁当だが)を食べ、シャワーも浴びて、さあ出発と思ったら、次女から「これから電車に乗るけど、迎えに来てくれる?」というメールが入った。
 駅から自宅まで歩いて10分ほどだが、夜間は物騒な暗い道を通ることになる。
 次女が最寄りの駅に着くのは19時58分。私が乗って行く電車は20時7分である。
 名古屋へ出かけているワイフは、私が駅の近くに置いていくミッシェルで帰るため、スペアキーを持って行っている。
 次女を迎えに行って、再び駅へ行ってミッシェルを置き、荷物を抱えて電車に乗るまで9分しかない。
 できるだろうか?
 「電車が着いたら一番に降りてきなさい」と次女にメールした。
 ……。
 綱渡りは成功した。3年前のドイツ出国時のアクロバット税関手続きの再現だった。
 私はストロング・カクテル・チューハイを買って、21時半初の夜行バスに無事乗り込んだ。
 (しまった!)
 長女から送られた携帯枕を忘れた。

8月25日(土)「全国和算研究宮城大会初日・・・の風さん」
 物騒な夜行バスだが(昨今ニュースになった悲惨な事故があるから)、寝てしまえば、後は野となれ山となれ、だ。
 午前6時前に東北道「国見SA」で降りてよい休憩となった。
 首や腰や足などが痛い。全身を伸ばすために降車した。
 外気は、そこそこ涼しい。トイレの水もひんやりしていた。
 自動販売機でレギュラーコーヒーを買って、車内へ持ち込んだ。
 仙台駅に着いたのは定刻の6時50分である。
 車内の冷房がしっかり効いていたので、着替える必要はなかったが、洗面所で時間をかけて朝の支度を整えた。
 午前中は松島へ行く計画だ。遊歴算家の山口和が渡った雄島、眺望を楽しんだ富山観音へ登りたい。
 コンビニでパンと飲み物を買い、構内のコインロッカーへキャリーバッグを預け、仙石線に乗車した。
 電車はすぐ来たのだが、前もって調べたとおり、松島海岸駅まで行く電車は1時間に2本程度しかなく、予定の電車に乗り遅れた。
 これが予定の行動にやや影響を与えた。
 結局、計画は果たせなかった。
 雄島へ渡る渡月橋は、東日本大震災で落下したまま、まだ復旧していなかった。
 案内所でさまざまアドバイスをもらったが、富山観音まで行って帰ってくるのは、時間的にも費用的(タクシーだと往復6千円程度)にも、今日は無理だった。
 結局、五大堂を見て、松島湾遊覧船を楽しんで、焼きとうもろこしを食べて、11時7分発の電車で仙台へ戻った。
 昼食にコンビニのおにぎりを2個買って食べ、集合場所へ行くと、懐かしい顔ぶれがたくさん笑顔で迎えてくれた。
 第8回全国和算研究大会は、昨年の震災も影響していたのだろう、今年はあえて仙台で開催と決まっていた。
 補助席もいっぱいになったバスで先ず向かったのは、東北大学附属図書館である。
 2万冊近い和算書は、図書館の復旧工事のために一時避難していた。しかし、それらの見学が主目的の訪問である。
 米澤課長が山形大学から戻ってきていたので、うれしかった。
 続いて、バスで塩釜へ向かい、塩釜神社博物館で大型の算額を見学した。名古屋の算額展でははるばる名古屋まで運ばれた算額だという。
 今夜の宿泊所は、仙台市内のホテルだった。
 同室の愛媛大学の平田先生が、最近解明した算額の問題について解説してくれたが、よくこんな問題を思いつくものだと江戸時代の数学者に対し驚嘆した。
 記念撮影後に懇親会となった。
 初対面の方も多かったが、和算という共通の話題で親しくなれる。
 同室の平田先生が外出されたので、私はさっさと寝ようと思っていたら、神奈川和算研究会から外出の誘いがあった。
 申し訳なかったが、もうすっかりお寝みモードだったので、お断りした。

8月26日(日)「柿ピーで足元をすくわれた風さんの巻」
 平田先生は酔っ払って午前3時ころ(?)戻ってこられた。
 私は午前5時過ぎに起床して、6時までに洗面を終え、平田先生に断って、コーヒーを飲みにロビーへ降りた。
 実は一昨日から読み始めている文庫があって、続きを読んだ。
 7時前に部屋へ戻ったが、平田先生はまだ寝ておられた。
 そこで、一人で朝食をとりにいき、仲間と食べたあと、再び部屋に戻ったが、まだ寝ておられる。
 今度は研究会会場へ販売用の拙著を持参し並べて戻ると、やっと平田先生が目覚められた(笑)。
 9時から研究会が始まった。今年90歳の土倉先生の基調講演は、実に矍鑠としたもので、自分もこのように元気な年の取り方ができるだろうか、とまた不安になった。それにしても、小学校時代の同級生が仙台の丸善で貼り絵の個展をしているから観て行ってほしい、という友情には胸を熱くした。
 そのような不安の中、持参した拙著20冊(『江戸の天才数学者』10冊、『円周率を計算した男』5冊、『美しき魔方陣』5冊)があっという間に完売した。もっと持ってきても売れたと思うが、荷物的に限界だった。
 朝から姿を見せた小寺先生は、八戸まで行って、和算書の版木を見てきたそうで、昼までにまた消えた。京都で開催される研究会の準備だそうだ。
 弁当で昼食後、後半戦の研究会となった。
 午後2時過ぎにすべてのスケジュールが終わった後、ほぼ全員が徒歩で仙台駅へ向かった。
 深川先生は、アメリカからわざわざ飛んできた数学者を案内して、一関へ向かうという。算額を見て回るのだ。
 私は再び、コインロッカーにキャリーバッグを入れて、二人の先生(お茶の水女子大学の真島先生と、東北大学の長谷川先生)と仙台市博物館へバスで向かった。真島先生はまだ仙台に滞在されるそうで、長谷川先生は案内役を買ってくれたのだ。
 閉館まで博物館の常設展を見てから、再びバスで仙台駅まで戻り、3人で丸善で土倉先生の同級生である内田正泰画伯の貼り絵展を鑑賞することにした。
 3人が会場に入ったら、いきなりサポート役の女性から「みなさん、和算研究会の先生がたでしょう?」と言われた。
 そういう雰囲気があるのだという。
 いやはや女性の直観力はすごい。
 その後、私は二人と別れ、駅で土産物を物色し、夕食はまたコンビニのおにぎり2個にし、缶ビールと柿ピーナツを携えて、夜行バスに乗車した。復路も同じスケジュールで、21時半出発である。
 無事に帰途についたことを知らせつつ、140gもある柿ピーに苦戦しているとワイフにメールしたら、「それって1400kcalあるかも」と返信がきた。私がダイエットをしていることを知ってのからかいである。
 包装紙の成分表示をチェックすると、710kcalと書いてあった!
 一昨日から外食は1回に300円未満だが、この柿ピーは栄養的に余分だった。

8月27日(月)「続けて出社・・・の風さん」
 恵那峡SAで小休憩してから、定刻の6時50分に名古屋に着いた。
 そして、6時55分の電車に乗って自宅へ向かった。
 「今日はお休みでしょ?」というワイフのからかいにも負けず、家でシャワーを浴びて、朝食もとってから、ミッシェルで自宅から近い旧職場へ出社した。
 先週の続きの治具設計をしっかりやってほぼ完成させた。
 買い物をし、郵便局に寄ってレターパックを購入し、ミッシェルに給油もして帰宅した。
 米倉先生と一関の菅原先生へ送るレターパックと、明日研修所にみえる法政大学の福田先生へ差し上げる拙著の用意をして、さっさと就寝した。連休明けから無茶な生活をしているので、きっと疲労がたまっているに違いないと思っていた。

8月28日(火)「合格判明・・・の風さん」
 出社途中、いつもの郵便局でレターパックを2通投函した。
 出社後、息つく間もなく仕事にとりかかり、9時からの会議に出席し、今日は少しだけ発表した。
 その後、法政大学の福田先生の「生産システム」の講義を拝聴した。
 昼食もお相伴し、最後まで聴講したが、10月に予定している自分の講演に関して、多くの示唆が得られた。
 定時後は、たまっていた仕事(有料道路の補助金申請含む)をいくらか処理し、早めに帰宅した。
 今夜、名商大大学院ウィークエンドMBAの合否結果をチェックしたら、未確認だった2科目が合格していることが分かった。
 これで、1年間、12科目を受講して、すべて合格したことになる。成績は決してすばらしいとは言えないが(6科目がCである)、合格へいたるまでのプロセスが過酷なものだっただけに、大満足するしかない。
 履修科目としては、あと最低6科目必要だが、2年目の前半は、5科目受講にペースを落とし、2年目の後半も3科目程度受講しようと思う。
 しかし、その前に学納金が必要だ。まず、10月からの半年分で65万円である。

8月29日(水)「てきぱきてきぱき・・・の風さん」
 研修所に出社し、午前中は、先週から集中的に取り組んでいた治具設計のDR(デザインレビュー)を関係者とやった。
 ほぼ完ぺきな設計をしたので自信もあったし、こういうことに不慣れな関係者を満足させることもできて満足した。
 午後からは、防災隊の幹部を集めて、次の防災訓練の課題について、方針決めをおこなった。
 予定より長い1時間半もかかってしまったが、ほぼ目的を達成することができた。しかし、誘導班長としての私の責任は重い。
 早めに退社して、明日のための土産物を買いに行ったが、閉館だった。
 続いて、別のショップへ向かったが、そこには適当なものがなかった。
 ガッカリして帰宅した。
 帰宅途中で果たせた目的は、長男への小遣いの送金だけだった。
 それにしても連日、すごいペースで仕事をしているな。
 今夜も大量にメールを発信した。

8月30日(木)「三井寺から近江神宮へ・・・の風さん」
 緊急有休となった。
 普通に起床し、8時過ぎにミッシェルで出発した。
 知多半島道路、伊勢湾岸道路、東名阪、新名神などを乗り継いで、最初の目的地は大津市の三井寺である。
 観音堂にある算額の見学依頼の交渉が目的だった。
 駐車場にミッシェルを置いてからまっすぐ観音堂を目指した。
 石段を登りつめると汗でTシャツがぐっしょりと濡れた。
 天台寺門宗の総本山三井寺は、正式名称を長等山(ながらさん)園城寺(おんじょうじ)という。
 観音堂のお札売り場で、見学の相談を申し入れたら、なんと、園城寺の長吏(住職)である高僧が対応してくださり、話はとんとん拍子に進んだ。
 実際に観音堂の奥にある算額を見せていただいた。
 見学はあらためて文書で申し込むことにした。
 午前中のミッションを成功裏に終えることができたので、ランチは思い切ってロイヤルホストにした(実はポイントカードの有効期限が迫っていた)。
 それから、近江神宮へ向かい、上野先生と合流し、東條先生の案内で時計館を見学させてもらった。
 帰りは、上野先生を大津市内のご自宅までお送りしてから家路についたのだが、先生も今夜中に東京にお戻りになっていた。
 夜、『江戸の天才数学者』のアマゾンの売上ランキングをチェックすると、再び江戸時代で1位、日本史で28位、全体で1795位と上昇していた。
 やはりまだまだ売れるかもしれない。

8月31日(金)「とうとう8月末・・・の風さん」
 研修所へ出社し、午前中は部の会議。
 久しぶりにカロリーメイトの昼食(ただし400kcal分)をとってから、午後は、私の治具設計に基づいて、社内専門部署と製作打ち合わせをした。
 工事をする現地も見てもらった上で、設計図に基づいて打ち合わせをしたので、すべてスムーズに進行した。
 専門部署のアドバイスも的確なもので、次々にその場で図面に反映した。
 その後、研修所を出て、途中で銀行で学納金を振り込んでから、本社へ行き、用事を済ませた。
 帰途、買い物をし、ミッシェルに給油して帰宅した。
 帰宅したら、山折哲雄先生から新刊が届いていた。朝日新聞出版『ニッポンの負けじ魂』である。
 退職後、長谷川伸全集と折口信夫全集以外は処分したとおっしゃっておられたが、続々と出版されるネタとパワーはすべてご自身の頭脳と肉体からだけ得られているのだろうか。だとすれば、驚嘆するしかない。
 明日も朝が早いので、さっさと寝ることにする。……が、仕事はなかなかはけていかない。
 それにしても、母を強制入院させてから8ヶ月が経過したことになる。

 2012年9月はここ

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